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研究概要
 本研究グループでは高等動物の臓器・組織、とりわけ神経系における細胞分化や細胞間の情報伝達の仕組みを科学的に解明すると共に、その働きを制御して再生医療や組織工学に役立つような細胞培養技術と生体材料(バイオマテリアル)の研究を行っています。神経系、その他の臓器・組織の機能を代替するようなシステムの構築を目指した研究と言うこともできます。また、これらの研究に用いる生体材料を化学的に改質するための放射線照射・滅菌技術の研究も行っています。蛋白質、脂質、多糖等の生体高分子と、その集合体を取り扱う分子論的なアプローチ、細胞の培養技術、生化学的手法と分子生物学的手法による細胞の機能解析などの方法論を組み合わせて、生物工学、医工学などに関わる新しい技術を開発することを目指しています。


 研究テーマの例

架橋蛋白質ハイドロゲルの研究
コラーゲンは動物の結合組織に多く含まれる細胞外マトリクス蛋白質であり、生体材料(バイオマテリアル)として医療用デバイスや人工臓器などに利用されています。コラーゲンやゼラチンをγ線処理により架橋した蛋白質ハイドロゲルについて物性の変化と、架橋メカニズムの解析を行い、細胞の培養担体や生理活性物質の徐放担体として使うための基礎的な検討を行っています。

コラーゲンゲルを用いた神経誘導管デバイスの開発
神経誘導管とは断裂した抹消神経組織からの突起伸長を促し、機能を再生させるための移植用デバイスです。細胞と生体材料であるコラーゲンから作製された細胞-コラーゲンシートを応用し、抹消神経の移動や突起伸長が誘導されやすい神経誘導管デバイスの開発を行っています。

マウス神経幹/前駆細胞に対する光増感反応や放射線の影響に関する研究
分化した神経細胞が細胞分裂能をほとんど持っていないのに対して、
神経幹細胞/前駆細胞は増殖能を保持しているとともに、グリア細胞と神経細胞の両方に分化しうる能力を保った細胞です。高等動物では胎児期の脳に多く、生体では少なくなりますが、一部は存在して神経細胞を作り続けます。光増感反応X線照射により神経幹細胞/前駆細胞や神経細胞、グリア細胞に傷害を与えた際の細胞増殖や分化能への影響について研究を行っています。


キーワード説明

1.生体材料(biomaterial)
 
生体(細胞・組織)と接して用いられる材料(ポリマー、金属、セラミック、ヒドロキシアパタイト、ハイドロゲル、その他)の総称です。目的毎に必要な物理的的強度や形状と、免疫拒絶を惹起しにくい生体適合性の高さを併せ持つ材料であり、医療用、介護用、検査用の器具類等の用途に用いられます。医療用材料、生体適合性材料、バイオマテリアルという用語はほぼ重なる意味を持ちます。入れ歯、プラスチック注射器、貼り薬、など日常生活になじみのあるものから、特殊クリーンルーム内で製造される培養皮膚のための細胞培養の担体まで、様々なものがあります。生体材料は無機材料、有機合成高分子、有機天然高分子の3つに大別されます。当研究室では、蛋白質のハイドロゲルなど天然高分子を中心に、動物細胞や組織と適合性の良い材料の研究を行っています。

2.再生医学・再生医療(regenerative medicine)
 
怪我や病気で失われた臓器・組織の機能と構造を再生させて直す医学ならびに医療法のことですが、いままで治療が困難とされてきた疾患や障害に対して、細胞の分化や増殖を制御して積極的に臓器再建を行うという点において、再生医療は従来の医療、すなわち薬物投与を中心とした内科的治療や、癌手術のように病変部位の切除による外科的治療とは区別されることが多いようです。

3.組織工学(tissue engineering)
 
狭義の意味において組織工学とは、細胞、細胞培養担体(scaffold)、細胞増殖因子(growth factor)の3種類を適当に組み合わせて生体外(in vitro)もしくは生体内(in vivo)において組織や臓器を形成させる工学的な技術体系(例:培養皮膚、培養軟骨、ハイブリッド型人工肝臓の製造技術など)を指します。もう少し広義には、生きた細胞を直接用いた再生医療関連技術の工学的な側面全般を意味します。1990年代前半には人工臓器など医工学系の研究者の間で、最近はマスコミ報道などを通じて一般の人達にもティッシュエンジアリングという用語が知られるようになりました。

4.幹細胞 (stem cell)
 
神経系、循環器系、血液系、結合組織など様々な組織や臓器においては、自己増殖能と、複数の細胞に分化可能な多分化能を併せ持つ幹細胞(体性幹細胞)や、前駆細胞が増殖した後に目的の組織や臓器に分化することにより、組織の形成や再生が起こることが知られています。たとえば、幼若な神経組織に多く存在する神経幹細胞は、神経の発生過程において情報伝達機能を担う神経細胞(neuron)と、この機能を助けるグリア細胞(astrocyte 、oligodendrosyte)に分化して脳や脊髄などの中枢神経系を形作ります。このような知見から、今まで治療できないと考えられていた病気の再生医学的治療や、医薬品の安全性試験などに、神経幹細胞を利用することが期待されています。しかし幹細胞の培養を大量に行い、分化をきちんと制御する技術はまだ未確立の部分が多く、今後の研究が必要です。なお、最近良く話題になっている胚性幹細胞(embryonic stem cell, ES細胞)は、初期胚から分離・樹立された細胞でして、殆ど全ての臓器に分化できる全形成能を有しており、上記の体性幹細胞とは区別されています。

5.生体模倣工学(biomimetics)
 
動物細胞を含めたあらゆる生物の営みは、生体分子、生体分子分子集合体、オルガネラ(細胞内小器官)、細胞、組織、臓器、個体、生物集団、生態系など様々なレベルにおいて、構成単位のサイズや機能に基づく階層構造を作っています。生体の機能するメカニズムを真似(mimic)して工学的に再現する研究分野を生体模倣工学(バイオミメティクス)と呼んで、生物の細胞や、天然の生体分子をそのまま抽出・利用する生物工学(バイオテクノロジー)と区別します。例えば、リポソームやハイドロゲルを利用して生理活性物質の濃度を空間的もしくは時間的に制御する薬物送達技術(drug delivery system: DDS)はバイオミメティクスの一分野です。

6.分子集合体、超分子(molecular assembly system, supramolecule)
 
リン脂質が親水性・疎水性のバランスにより自己集合した膜小胞(リポソーム)や、多くのコラーゲン蛋白質分子が自己集合した微小繊維のネットワークなど、生体分子の持つ自己会合能がより高次の構造形成を引き起こし、細胞膜、細胞外マトリクス、細胞骨格など、細胞本来の機能(生存、増殖、分化、代謝など)に必須の構造体を成している例が多く知られています。これらの分子集合体または超分子の性質やその構造形成の基礎となる生体分子間相互作用を明らかにすることは、興味深い研究テーマであり、生体模倣工学の基礎ともなります。