研究内容

■基盤技術■

 1.X線結晶構造解析
 2.酵素生化学、kinetics解析
 3.蛋白質工学

■シグナル伝達蛋白質の活性制御メカニズムの解明■

◆シグナル伝達:
 キナーゼを含むシグナル伝達蛋白質は外部からの刺激により、2量体化などの蛋白質間会合、あるいはリン酸化などの翻訳後修飾により活性化されて、細胞増殖や分化などをもたらす細胞機能を賦活化します。このうちの何れかが破綻するとガンなどの重篤な疾患に陥ります。

◆キナーゼの活性化制御:
 キナーゼは不活性の状態で生まれてきます(自己阻害構造)が、シグナルが動き始めるとリン酸化されて活性化し(活性構造)、基質をリン酸化できるようになります。シグナルが止まるとキナーゼはフォスファターゼにより脱リン化されて活性はオフに戻ります。ガン組織からリン酸化・脱リン酸化に影響を受けないキナーゼの恒常活性変異体がしばしば見つかリます。当研究グループでは、野生型の自己阻害構造及び活性構造、恒常活性変異体についてX線結晶構造解析を行い、正常組織とガン組織におけるキナーゼの活性制御メカニズムを明らかにしています。

◆基質選択性:
 キナーゼはヒトゲノムに500種以上コードされている、すべてがリン酸化反応を触媒しますが、リン酸化する相手は厳密に決まっています。これによりシグナル伝達は混線することがなく正常な細胞機能を発揮します。この基質選択性の構造メカニズムは多様性に富んでおり、これを利用すればキナーゼ阻害剤の選択性を高めることに繋がります。

■構造生物学を基盤とした創薬研究(Structure-Based Drug Design: SBDD)■

 当研究グループでは活性制御メカニズムの本質理解のために、X線結晶構造解析にくわえて酵素反応やキナーゼ・基質結合におけるKinetics解析など生化学及び生物物理化学実験を行います。これにより、活性化制御あるいは基質認識メカニズムを原子レベルで解明し、論理的な創薬戦略を導きだします。さらに他大学あるいは企業などと創薬プロジェクトを進めています。

■頭を悩ませる事柄■

 標的蛋白質と種化合物との複合体のX線結晶構造を見れば、相互作用が一目瞭然ですのでSBDDとは単純なものと考えがちです。しかし現実はそうではありません。以下に示す2つの事柄がとくに創薬研究者を悩ませます。構造解析のみならず、生化学実験、物理化学実験あるいは計算化学などからの知見を加えながら、これらの問題をブレークスルーする方法の開発にチャレンジしています。

◆蛋白質構造の柔軟性:
 機能蛋白質は生体内で最安定構造とエネルギーレベルで僅かに不安定な構造(準安定構造)の平衡状態にあります。阻害剤は、最安定構造に結合するとはかぎらず、結合で得られるエネルギーが十分であれば準安定構造を結合する相手に選びます(conformational selection)。キナーゼ-化合物複合体の構造研究から、DFG-out構造などの準安定構造の知見が蓄積されつつありますが、すべての準安定構造は明らかにされていません。さらに化合物との結合を安定化するために構造を少し変化させることがあります(induced fit)。

◆エントロピー変化:
 種(たね)となる化合物を医薬品へと改変していくための第一ステップは、標的蛋白質に対する親和性を向上することです。相互作用の本質はこの式で表すことができます⇒ΔG = ΔH-TΔS。ここで、ギブスの自由エネルギー変化ΔGを小さくすれば親和性は上がります。エンタルピー変化(ΔH)は相互作用を増やせば有利になりますので、複合体の構造から比較的精度よく戦略が立てられます。一方、エントロピー変化(ΔS)に含まれる事象は理解されていますが、定性的にロスを少なくすることしかできません。

 当研究グループは、様々な手法を駆使して蛋白質構造及び相互作用の本質を明らかにしながら、一歩先のSBDDを完成させようとしています。